2021年5月4日火曜日

44-念奴嬌・春のこころ

 
 念奴嬌
   春情    李清照

蕭條庭院
又斜風細雨    (又=有)
重門須閉。    (須=深)
寵柳嬌花寒食近  (花=鶯)
種種惱人天氣。
險韻詩成
扶頭酒醒
別是閑滋味。
征鴻過盡     (征=飛)
萬千心事難寄。  (難=誰) 

樓上幾日春寒   (春寒=寒濃)
簾垂四面     (四=三)
玉欄干慵倚。
被冷香消新夢覺  (新夢覺=清夢斷)
不許愁人不起。
清露晨流
新桐初引     (新=疏)
多少游春意
日高煙斂     (日=雲)
更看今日晴未?
  (今=明)
      ( )内は異本
      (詞牌を「壺中天慢」「滿庭芳」とするもある)

《和訓》 
蕭條たる庭院に
又風斜めに吹き 雨細くして
重門須(すべか)らく閉ざさるべし。
柳花を寵嬌するも寒食近く
種種に人を悩ます天気なり。
韻険(むづか)しき詩成りて
扶頭の酒の醒めしが
別に是れ滋味の閑たり。
(かへりゆ)く鴻(おほかり)の過ぎ尽くして
万千の心事は寄せ難し。

楼上幾日か春寒く
(みす)は四面に垂れて
玉の欄干(おばしま)に慵(ものう)く倚(もた)る。
(ふすま)の冷めて香も消え 新しき夢さへ覺めて
愁ふる人の起きざるを許さず。
清き露は晨(あした)に流れ
新しき桐 初めて引(ひら)けば
多少(いくばく)か春の意を遊ぶ
日高くして煙(かすみ)(おさ)まりて
更に看るに 今日晴るるや未(いま)だしや。


《語釈》
・蕭條:ものさびしいさま。
・庭院:庭。前庭や中庭。 庭:前庭。院:中庭。   
・重門:家々の門。
・須:すべからく…べし。当然。する必要がある。せねばならぬ。
・寵:偏愛する。特別にかわいがる。君主などが特別に目をかけてかわいがる。
・嬌:甘やかす。猫かわいがりにかわいがる。
・柳花:柳の花。ここは柳絮(りゅうじょ・やなぎのわた)か。
・寒食:寒食節。清明節の前日で,陽暦の4月3日から5日頃に当たる。冬至後一〇五日目の日は風雨が激しいとして、この日には火を断ち、煮たきしない物を食べた風習。また、その日。冷食。かんじき。
・種種:いろいろ。さまざま。副詞的にも用いる。
・險韻詩:険韻を使った詩。・險韻:詩を作るに用いるべき文字の少い韻。又、まれな韻字。
・扶頭酒:頭を抱えるほどに強い酒。・扶:力をかして支へる。
・滋味:深い味わい。・閑:しずか、ひま。ふせぐ。とづ。
・鴻(おおかり):大雁。ひしくい。大形のガン。
・楼上:2階、階上。高い建物の上。ここは「西楼=女性の部屋」のあたり。
・簾:カーテン、すだれ、みす。
・慵:ものうい、だるい。
・倚:もたれる、よりかかる。
・被:衾。ふすま、掛け布団。
・晨:あさ。夜明け。
・桐:桐の花。柳絮と桐の花に春光(春景色)をみる。
・多少:どれほど多くの。わずか。すこし。
・游春:郊外まで外出して春景色を楽しむこと。寒食節の翌日の清明節には「踏青節」の名もあり、訪れた春を楽しみ野山を散策した。
・煙:かすみ。もや。詩詞ではカスミを「霞」は別として、煙、烟、靄(もや)の字で表すことも多い。
・斂:おさまる。引っ込める。おさめる。
・晴未:晴れるのだろうか。未は、文末で、疑問を表す。…かどうか。

《詩意》
ものさびしい庭に
また風が斜めに吹き 小雨も降っていて
幾重にも重なる門はみな閉じられていることでしょう。
柳の花を格別にいとおしんでみますが 寒食の節の近いこの頃は
さまざまに人を悩ましくするいらだたしい天気です。
韻を踏むのが難しい詩を作って
まわりのよい酒も覚めてしまいましたが
これもまた別の味わいがあって静かなものです。
北へ帰る雁はみな帰り尽くしたのでしょう
心にたまるたくさんの思いを伝えることは難しくなってしまいました。(いったい誰に伝えればよいのでしょう)

私のいる部屋はこの何日かの春の冷え込みに
カーテンが四方に垂れていて
美しい欄干にものうく寄りかかります。
夜具は冷め香も消えてしまい 新しい夢からも覚めてしまいましたから
世を憂えている人(私)が起き上がらずにいることは許されないのでした。
清らかな露が朝になって流れおち
新しく芽吹いた桐の花が初めて開ききますと
いくらかの春らしい心に楽しみ遊べます。
日が高く上って 霞が消え
さらに空を眺めてみます、今日は晴れるのかしら? それともまだ?と。 


《訳詩》
  春のこころ
寂しき庭に風吹きて
雨さえ混じる春の朝
門を閉ざせる庭深く
柳いとしき寒食の
定めぬ空ぞ恨めしき。
作るに難き詩の成れば
深き酔ひさへ覚めゆきて
深き味わひ静もりぬ。
雁行き去りて術もなく
積もる思ひを何処(いづこ)にや。

独りの部屋に春寒く
四方(よも)に垂れ衣(ぎぬ)廻らせて
寄るも物憂きおばしまや
香消へ果ててしとね冷め
起きるに如かず夢覚めて。
朝に清らの露のこぼれ
芽吹きし桐の花咲けば
春の心の目覚めけり。
はや靄消えて眺めいる
今日晴るるやと春の空。


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