2021年5月5日水曜日

朱24.西江月 春半

 
 西江月   朱淑眞
  春半

辦取舞裙歌扇、賞春只怕春寒。
卷簾無語對南山、已覺綠肥紅淺。

去去惜花心懶、踏青閒步江干。
恰如飛鳥倦知還、澹蕩梨花深院。



《和訓》
  春半ば
舞ひの裙(もすそ)に歌の扇を辦(あがな)ひ取りて、
春を賞(め)でつつ只だ春の寒きを怕(おそ)る。
簾(すだれ)を巻きて語る無く南山に対(むか)ふや、
已に覚めて緑肥ゆるに紅(くれなゐ)の浅し。

去り去るに花を惜しみ心懶(ものう)く、
青きを踏みて江干(かはべ)を閒歩(そぞろあゆ)む。
恰(あたかも)飛ぶ鳥の倦(う)みて還るを知る如くに(還るや)、
澹蕩たり梨花の深院。


《語釈》
・辦:買い備える。する、処理する。
・裙:もすそ。スカート。
・怕:心配する,案じる
・南山:陶潛の「飮酒二十首 其五」に「采菊東籬下,悠然見南山。山氣日夕佳,飛鳥相與還。」がある。
・綠肥紅淺:緑の葉が濃くなったが、花の赤い色はまだ薄い。
・去去:去っていく。
・懶:だるい、ものうい。おっくうだ。大儀である。気分がすぐれない。
・踏青:清明節(二十四節気の1つ。4月5日ごろ)の頃に山野を散策する。萌(も)え出た草を踏んで野に遊ぶこと。野遊び。
・閒步:しづかにあゆむ。
・江干:川岸。岸辺、川べり。
・鳥倦知還:「鳥倦飛而知還」(歸去來辭・陶潛)による。鳥が終日飛んで、倦めば、帰ることを知る。(普通、人の出処の自然なのに喩える。)
・澹蕩(たんたう):ゆったりしてのどかなさま。
・深院:奥庭。中庭。院は、塀や建物で囲まれた中庭。塀で幾重にも区切られた庭園。

※李清照の「如夢令」に「應是綠肥紅痩」がある。この「緑肥紅痩」は「緑の葉が茂り、花びらが散って花の赤い色が減った」ことを詠った擬人的な表現が有名な一節だが、ここでは、春浅き頃を詠っている。
※前連で春のはじめを、後連で春半ばを詠う。


《詞意》
春の用意に舞いの衣に歌扇を買いますが、
春を愛でつつもやはり春の寒さに心痛めます。
すだれを巻いて言葉も無く語る人も無く南の山に向かいます、
春はすでに覚めて緑の葉が濃くなってはいても花の紅はまだ薄いままです。

花を惜しみ心はものういままに、春が過ぎていきます、
清明節には青い草を踏んで川辺をそぞろ歩きします。
野遊びの後まるで飛ぶ鳥が飽きて帰るのを知っているように家に帰りますと、
梨の花の咲く奥庭はゆったりとのどかな春の只中です。


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