2021年5月1日土曜日

13-好事近・不如帰鳴く

 
  好事近    李清照
 
 風定落花深
 簾外擁紅堆雪
 長記海棠開後
 正是傷春時節  (「是」無し)
 酒闌歌罷玉尊空
 青缸暗明滅
 魂夢不堪幽怨
 更一聲啼鴂 
(鴂=鴃・鶻)
      ( )内は異本

《和訓》   

風の定(しず)まり 落つる花深く
(みす)の外(と)は 紅(べに)を擁(いだ)きて 雪の堆(つ)
(とこしえ)に記すは 海棠(かいどう)開きし後
正に是れ 春を傷ましむるの時節(とき)

酒 闌(つ)き 歌 罷(や)みて 玉の尊(もたい)の空しく
靑き缸(ともしび) 暗(ひそやか)に明滅す
魂夢(こんむ) 幽(ひそやか)なる怨みに 堪えず
更に 一声(ひとこえ)(ほととぎす) 啼く


《語釈》・風定:吹いていた強い風が収まる。
・定:静まる、安定する。
・落花:散り落ちる花。散り落ちた花びら。
・深:厚い。うずたかい。
・簾外:窓外。・簾:すだれ、みす、窓辺のカーテン。
・擁紅:赤いものを抱く。赤い花(びら)が散り積もっていること。
・堆雪:雪を積み上げる。白い花(びら)が散り積もっていること。
・長記:とこしえに覚えている。
・海棠:カイドウ。「如夢令」(目次の2)「昨夜雨疏風驟‥‥」を示唆するか。
・開後:花がひらいたあとの情景。
・正是:ちょうど。・傷春時節:春の憂いの時期。
・傷春:春を傷む。8浣溪沙にも「髻子傷春慵更梳」。
・酒闌:酒がつきる。闌:終わりに近い、遅い。遮る。
・歌罷:歌が やむ。
・玉尊:美しい酒壺。・玉:立派で美しい物の美称。
・尊:樽と通用。酒器。酒壺。さかだる。
・空:空(から)の、内容のない、空虚。
・靑缸:青く輝く灯火。缸を「釭」とみて、吊り灯火。
・缸:かめ、つぼ。もたい=酒などを入れるかめ。・暗:ひそかに。
・明滅:(炎が)揺れ動いて、明るくなったり暗くなったりする。
・魂夢:魂の見る夢。ゆめ。・不堪:我慢することができない。忍びがたい。
・幽怨:(多く女性や愛情に関する)胸に秘めた怨み。
・更一聲啼:その上に、ホトトギスが一声、春を告げた。
・鴂:鶗鴂は、ホトトギス、不如帰。・「鴃」は別字で、モズ。

《詩意》
吹いていた強い風が収まると 散り落ちた花びらはうず高く、
窓の外に赤い花びらを抱いて白い花びらが雪のように積もっています。
カイドウの花が咲いた後の情景をいつまでも忘れることなく覚えています、
あれはまさに 春の憂いの時期そのものでした。

お酒は終わりに近く やがて歌も止んで 美しい酒器も空になり、
ほの青い灯火が ひっそりと明滅するばかりです。
魂の見る夢には 心に秘めた怨みを忍びがたく、
その上更にホトトギスの一声が 悲しみを告げるのでした。
(「不如帰!」あああのときに戻れれば!)

《鑑賞》
この詞は夫が不在時か、または夫の没後の作と思われ、一人取り残され、昔をしのんでのやるせない思いをうたっています。
心情と関係なく世の中は移り変わって、しかし、時巡りまた春のきて、鳴く鳥の声には悲しみがこもっているようにも聞こえたのでしょう。

見てもまたあふよまれなる夢の中にやがてまぎるるわが身ともがな 「源氏物語」若紫

 

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