2021年5月5日水曜日

朱18.菩薩蠻 木樨


 菩薩蠻      朱淑眞
   木樨

也無梅柳新標格、也無桃李妖嬈色。
一味惱人香、群花爭敢當。

情知天上種、飄落深岩洞。
不管月宮寒、將枝比並看。



《和訓》
  「木犀」
(比ぶるに)梅柳の新しき標格も無く、桃李の妖嬈の色も無し。
一味(ひたすら)人を悩まして香り、群れし花は争ひて敢へて当たれり。

情(まこと)に知るは天上の種、深き岩洞に飄落するを。
月宮の寒きに管(かかは)らず、枝を将(と)りて比並して看る。


《語釈》
・木樨:木犀。モクセイ科の常緑小高木、キンモクセイ・ギンモクセイ・ウスギモクセイの総称。秋なかばに甘い芳香を放つ星のような小さな花を無数に咲かせる。「桂花」。普通にはギンモクセイをさす。中国では「香りの無い花は心の無い花」と、香りのある花が重んじられ、桂花(木犀)のほか、梅、菊、百合、茉莉花(マツリカ・ジャスミン)、水仙、梔子(くちなし)を七香(しちこう)として好んだ。桂(木犀)は月に生えるといわれる木である(日本で言う落葉樹のカツラとは別物)。
・也無~、也無~:~も無く~も無し。・也:重ねて用いて、並列関係を強調する。重ねて用いて、条件のいかんにかかわらず…であることを示す。
・新:生き生きとしている。新鮮だ。
・標格:品格。風采。
・妖嬈(ようじょう):うつくしくなまめかしい。・妖:なまめかしい。人を惑わせる、妖(あや)しい。・嬈:あでやかでなまめかしい。
・一味:向う見ずに、ひたすら、やたら。
・群花:群れ咲く花。
・敢當:強いて立ち向かう。・敢:(しなくてもよいことを)強いてするさま。わざわざ。無理に。・當:手ごわい相手に立ち向かう。
・情知:あきらかにしる。・情:まことに。多く詩に用いる助辞。
・深:奥深い。静かな。人のあまりいない。
・飄落:おちること。風に吹かれてひるがえり落ちる。舞い落ちる。ただよい落ちる。
・岩洞:岩窟。
・天上種、飄落深岩洞:この句は何かの伝説か詩によるとも思うが解からない。月世界でも同じようにモクセイが散っている様か、あるいは月世界に生えるという桂の花(木犀)の種が地上に降る様を詠うか。秦の始皇帝によって名づけられたという「桂林」の奇岩連なる景観が思い浮かんだりするが‥‥。
・不管:かまわない。意に介さない。管(かかは)らず。
・將:…をもって。従う。とる(取)。もつ(持)。
・月宮:月。月宮殿〔げっきゅうでん、がっくうでん、がっくでん。月の中にあるという月天子の宮殿。清浄で美しく月天子が夫人とともに住み、月世界を治めているという〕。月宮。月の都。月の宮。
・比並:対比する。


《詞意》
  「木犀」
モクセイは梅や柳に比べますとみずみずしい気品も無く、桃や李のあでやかな色もありません。
ただただ人を悩ますほどに香り強く、群れ咲く花は争うように咲き満ちています。

まことに月世界でも同じようにモクセイが静かに舞い散っていると知るばかりです。
月は秋の空に寒々と照っていますが、モクセイの枝をとって並べ見て月世界に思いを馳せています。


《参考》
高啓(1336-1374)の「題桂花美人」という七言絶句に 
 桂花庭院月紛紛、(桂花の庭院 月紛紛たり)
 按罷霓裳酒半醺。(霓裳を按(あん)じ罷(や)みて酒半ば醺ず)
 折得一枝攜滿袖、(一枝を折り得て携(たづさ)へれば袖に満ちて)
 羅衣今夜不須熏。(羅衣今夜熏ずるを 須(もち)ゐず)


手をふれて金木犀の夜の匂ひ   中村汀女

 

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