2021年5月1日土曜日

10-菩薩蠻・春猶早し

 
  菩薩蠻   李清照

 風柔日薄春猶早  (薄=暮)
 夾衫乍著心情好 (著=着)
 睡起覺微寒
 梅花鬢上殘


 故鄕何處是
 忘了除非醉
 沈水臥時燒   (沈=沉)
 香消酒未消
   
      ( )内は異本

《和訓》
風柔かなれど 日薄くして 春(なほ)早く
(ひとへ)(あは)()くるに(たちま)ちに心情(ここち)好し
睡りより起きしが 微寒(ほのさむ)きを覚ゆるに
梅の花は (びん)()(くづ)


故郷(ふるさと)何処(いづこ)か是れなるや
忘れ(つく)せり 酔ふに(あら)ざるを除きては
沈水の臥する時に()きにしに
香の消えはてつ 未だし(ささ)は消えざるも


《語釈》
・風柔:春の風が暖かくなったこと。春風。
・日薄:陽光が淡い。日射しが穏やか。
・春猶早:春というにはまだ少し早い。
・猶:なおまだ。まるで…のようである。なお…ごとし。
・夾衫:(中国風の)あわせの上着。あわせの長上衣。間着。あるいは、単衣の着物をあわせきる。ここでは寒いのでもう一枚単衣の着物を重ね着したというのであろう。
・乍著:着たらすぐに。(あわせの)着物を着たら。
・乍:…するとすぐ。…したばかり。著は着とも。
・心情好:(着替えたので)心地がよい。
・睡起:眠りから覚める。
・覺:…と感じる。
・微寒:わずかに寒い。
・梅花鬢上殘:「梅花粧」をしていたが、そのまま寝てくずれてしまった。
・残:損なう。壊す。不完全な、欠落のある。残り。
・故郷何處是:故郷はどちらの方向だろうか。
・是:どこ。普通選択疑問文に用いる。
・忘了:忘れてしまう。・了:動詞・形容詞の後について、動作・行為の完了や状態の変化を表す。
・除非:…でない時を除いては。其の外にはない。ただ、……だけ。「酒に酔わない時以外(酔っている時)だけは。」
・沈水:沈水香木(ぢんすいこうぼく)。香木の一種で、水に沈むことから付いた名。・臥時燒:寝る時に(香を)たいた。

《詞意》
風が暖かくなって、陽射しは穏やかになりましが、まだ春というにはまだ少し早いよう。
目覚めたとき、少し肌寒かったので、もう一枚重ね着しましたら、落ち着きました、
寝るときの化粧の「梅花粧」は崩れておりましたが。
故郷はどちらの方向でございましょうか。
この故郷をこがれる辛さはただ酔っている時だけは忘れられるのです。
寝るときに焚いた香は燃え尽き、香りも消え失せています。お酒の酔いは未だに消えてはいないようです。

《鑑賞》
これは後期の作品であろうか。酔いがなかなか醒めない程に酒を飲まずには過ごせない、彼女の憂いの深さが心に響きます。
南朝宋の武帝(在位420-422)の女(めすめ)寿陽公主が人日に含章殿の梅の木の下で眠っていたら、梅花が散りその一片が彼女の額について離れなくなった、これを梅花粧として宮人皆額に梅の花びらをかたどった化粧をほどこしこれにならったという。寿陽粧ともいう。
この詩の「梅花鬢上殘」はこれを踏まえての句です。
これと似たモチーフのものに「訴衷情」(目次の12)の「夜來沈醉卸妝遲、梅萼插殘枝。」 があります。

《訳詩》
  故郷何処(ふるさといづこ)
緩き風 陽の淡き春なお浅く
衣重ぬる心地よき季節(とき)
寝覚めの寒く
化粧の崩る

故郷は何処
酔ひて忘れめ
(ささ)の残るも
晩焚きし香消えはてぬ

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